| 2026年10月5日(月) |
| 「北の国から 2002遺言」 を見る |
一週間前の読売記事。 脚本家の倉本聰氏が亡くなったと報じている。
亡くなったのは先月の18日。享年91歳であったという。
倉本聰と言えば何と言っても「北の国から」。私も放送当時熱心に見た記憶がある。
その後DVDに保存し、それをパソコンで見ることができるよう変換作業を行って、今では外付けHDDの中に一式保存してある。 こちら→(2024/7/1)
この際、倉本氏を追悼し「北の国から」を見直してみようかと思ったわけである。 ただし、全編見直すには膨大な時間がかかる。
その中で、新聞記事でも大きく取り扱われている、「2002遺言」を見直してみようと思ったわけであった。
今日の天気予報は雨のち曇りである。雨が止んでも外仕事はしないことにした。
さらに都合が良いのは、Mはたまたま泊りがけで外出している。
誰にも邪魔されず、「北の国から」に没頭できそうであった。
ただ諸般あって、見始めたのは午後の4時過ぎからである。
当初放映時間が分からなかったが、前編・後編各1.5時間程度と推定、合わせて3時間程度と思いながら見始めたのであるが、なかなか終わらない。前編を見終わらないうちに、夕食の時間となった。
Mが不在なので、作って後食べる。酒も飲みながらの夕食で時間がかかり、すべてを終えて再度見始めたのは午後8時を過ぎていた。
前編の残りを見て、そして後編を見る。両方見終わったのは、午後の11時半を過ぎていた。
すべて見終えた後放映時間を調べてみると、前編が2時間20分、後編が2時間35分、あわせてほぼ5時間の長編物語であった。
物語の最後の部分で、新聞の記事にもある、“五郎の遺言の言葉”が流れる。

(画面をクリックして別の画面を表示すると
“五郎”が“純”と“蛍”に残した遺言の言葉が流れます)
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昨今年を取り、ドラマなどを見ているとつい眠くなるのであるが、今回の「北の国から」では、そのようなことは微塵もなく、最後まで一気に見終えた。
さすがに名作である。
蛇足;「2002遺言」は、かつて一度見終えていると思いながら見始めたのであるが、これまでに見たという記憶のあるシーンが一度も出てこない。
忘れっぽくなっているとはいえ、見た記憶のあるシーンが全く出てこないというのは、この「遺言」は、初めて見る物語であったのかもしれない。
感動を覚えながら、全編を見ることになった。
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| 2026年10月4日(日) |
| 峠越えの「秋じまい」 |
今日午前中、「大傾斜」と名付けた場所の草焼きを終えた。
実は昨日中に終えるつもりでいたのだが、途中、なんとなく体の不調を感じ、無理はやめようとして作業を中断し、今日に廻したのであった。
数日前の天気予報では、昨日までは晴れ、今日からは雨マークとなっていたので、昨日中に終了したかったわけで、仕方なく今日に延ばしたのであるが、今日は草焼きを終えた後すぐ雨が降り始めた。幸運であったと思ったわけである。
草刈を始めたのは9月5日で、早く着手はしたのだが、その後目の手術が入ったりなどして中断し、本格的に草刈りを始めたのは9月29日からである。
草刈りを実行した日と作業時間を記録すれば次になる。
9月5日、2時間
9月29日、2時間
10月1日、3時間
10月2日、1.5時間
9月29日の写真の中に私が写っている写真があるが、丁度その時間にMがウォーキングに出たらしく、遠方に作業中の私を見て、写真に収めたというものである。
一方、草焼きの実績を示せば次になる。
10月2日、2時間
10月3日、2時間
10月4日、2時間
3日の写真が残っていないが、当日は体が不調で、写真を撮るのも忘れたようである。
「秋じまい」をする作業エリアの中では、この大傾斜が面積も広く、しかも傾斜が強い。
心にかかる負担度としては、この大傾斜が一番で、この大傾斜の草刈りや草焼きが終われば一安心をする。
“峠を越えた”とい感がするわけである。
そんな意味合いもあって、今日の小欄のタイトルはご覧の通りとなった。
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| 2026年10月3日(土) |
| ピンチヒッターで一汁二菜 |
今日完了すれば小欄に載せる予定でいた仕事が、ちょっとした異変にて完了せず、載せる記事ネタがない。
致し方なく、またもやピンチヒッターの“一汁二菜”である。
今日作ったものではない。一昨日作のものである。
メニューは、煮込みハンバーグ、さやインゲンと鶏引肉の煮物、そして久しぶりに味噌汁である。
最初が煮込みハンバーグ。
レシピは こちら→
私の十八番と言ってもよい、ハンバーグと言えばこれである。
手間は少々かかるが、技術がいらないことがよく作る理由である。
というのは、あとで煮込むので、ハンバーグを焼くとき、中まで火が通るかを心配する必要がない。これが技術不要の所有である。
次が、サヤインゲンの煮物。
さやインゲンはMが畑で作っている。今が成りどきで、畑に行けば必要量は簡単に取れる。
参考にするレシピはない。作り方は我流である。
畑から採ってきたさやインゲンは軽く湯がく。この時ひとつまみ塩をお湯に入れておく。
ゆで上がったサヤインゲンは、両端を小さく切り落とし、身が長ければ中ほどできる。これは前作業。
次に鳥のひき肉を、少々の油で炒める。
色が変わった頃を見計らって、先程のさやインゲンを投入、かき混ぜる。
ついで調味料を入れる。
調味料は酒(大さじ4)、あごだし(1)、醤油(2)、そしてみりん(1)。
ただし、これはおよその感覚。調味料を入れ煮込んだ後一旦冷まし、味見をして再調整する。
最後に味噌汁。
これもレシピはない。我流である。
具材は豆腐と油揚げとしめじ。最後にきざみネギを入れた。
ダシは粉末ダシ、少し酒を加えるのが味噌。
結果は「結構なお味でした」というところ。
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| 2026年10月2日(金) |
| 「安静」中の出来事 大相撲九州場所のチケット一般販売不調 |
少し間が空いたが、左目手術後の安静期間中の出来事。その4である。
大相撲九州場所の、チケット一般販売の申し込みをしたという話。
一般販売の 申し込み日は 10月19日であった 。
その以前、チケット予約販売を試みたが落選したと報告した。 こちら→(2029/9/9)
その際、19日は通院になるかもしれないと危惧しているが、幸いにして手術後の通院日は18日と20日になって、19日には通院しなくてもよい。
したがって一般販売の申し込みをすることが可能になったのであった。
予約販売は、期間中の申し込み者に対して抽選で当否を決める。したがって急ぐ必要はない。
一方、一般販売は早い者勝ちである。ともかく、急いで申し込みをしなければならない。
あらかじめ準備をしておく必要がある。初めてのことなので準備の要領がわからず、チャットGPT相談して見ることにした。
チャットGPTからは、多量の情報が表示されたが、そのうちの主要部分を抜き出したのが上の写真二枚である。
チャットGPTの教えに従い、チケット販売の画面を確認し「お気に入りバー」に登録、また座席表も印刷して手元に置いた。
さて一般販売の当日19日である。
10時前から 準備に入った。
若干迷ったのだが、チケット販売画面は開いて待つことにした。10時になれば、自然に販売画面切り替わるのかもしれないと思ったからである。
もし切り替わらなければ、画面左上に配置されている「更新ボタン」(赤丸印)を押せばよいと事後の策も頭に描いておいた。
時計を見ながら10時を待つ。
時計の秒針が10時を過ぎても画面が切り替わらない。ならばと、頭に描いておいた更新ボタンを押す。この間10時を過ぎて3・4秒経っていたかもしれない。
ここで現れたのが、販売画面ではなく、「ただいま回線が混み合って繋がらない状況が起きています。しばらくたってから接続し直してください(という趣旨の文面)」が表示され、販売画面が表示されないのである。
何回か繰り返すが、やはり結果は同じで販売画面が表示されないのである。
その間、何回も繰り返すがやはり表示されない。画面が表示されたのは5・6分たったころであろうか。次の画面が表示された。
「予定枚数終了」の表示があり、すべて売り切れたという画面に切り替わったものであった。
もはや いたし方がない 。
ここで若干反省するのは、画面が自然に切り替わるかもと考えて、販売前の画面を表示させていたことで、これをせず「お気に入りバーに登録していたボタン」を、10時を過ぎた直後すぐに押した方が良かったのかもしれない。
ただしこれは後の祭り。
最早、今年はやり直すことはできない。
やり直すとなれば 、来年である。
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| 2026年10月1日(木) |
| 山水、再度復旧ならず |
今夏、東日本は災害が出るほど大雨が降るが、中国地方は極端に雨が少なかった。
その性で、我が家の山水が、長い間枯れて出ない状況が続いている。
小欄の記載で見ると、8月19日以降山水が出ていない。
こちら→(2026/8/20)
その後少し雨が降ったので、山水が復活したのではないかと見に行ったことがあるが、その時は依然として枯れた状態で、山水が出る気配はまったくなかったのである。
こちら→(2026/8/29)
それ以降9月中1ヶ月間、山水が出な生活が続いたのであった。
しかし9月も後半になると、天候は崩れ始め、雨が降る日も出始める。
まとまった雨ではないが、それでもしばしば降り、周辺の庭の土も濡れてきている。
この分なら山水も流れ始めているかもしれない、と思い始めた訳であった。
今日の午前中、草刈りをした後、昼食までには少し時間があるので、山水の取水口まで行って見ることにした。 道具一式を揃え、“かなりの勢いで山水が谷を流れている姿”を想像しながら登ったのであった。
ところが、答えは真逆であった。
わずかの水も流れていないのである。
水系が変わったのか、あるいは、夏の高温で大地が乾燥し、少々の雨では大地が水を吸収して流れ出る余分の水がないのか、答えがわからないまま、すごすごとして、戻ってきたようなわけである。
この分なら、いつから山水が出るのか、まった予想ができなくなってきた。
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