(写真をクリックすると、大きな写真が表示されます)

Kの散歩帖
里庭掲示板
2025年12月31日(水)
定点観測
小欄、「Kの散歩帖」を始めたのが2016年の4月1日で、その年の大晦日の日に定点観測と称して里庭の3ヶ所の風景と当日の温度記録の変化をセットにして掲載した。
 こちら→(2016/12/31)

その時の思いとして、翌年以降も散歩帖を続けていたならば、大晦日の日には、この定点観測を続けて行こうと思いついた。

以降幸いなことに、毎年続けることができ、今年を持って10回目の定点観測掲載となる。


今年は雪のない大晦日となった。
ただしこの10年間の写真を振り返ってみると、4回雪の大晦日を迎えている。
雪が降った年は2018年、20、21そして22年の4 回であった。

雪のない大晦日は、生活自体は楽であるが、一方、雪のあった方が情緒はある。


ともかく10回目という節目の定点観測を実行することができた。望外の喜びである。
今のところ、小欄は継続のつもりで、大晦日には定点観測も行う気持ちでいるが、これから先どの程度続けることができるか、今は、皆目見当がつかない。



2025年12月30日(火)
今年最後の外仕事
おそらく明日の大晦日は外仕事をしないであろうから、今年の最後の外仕事と思われる。

別棟と呼ぶ場所で草刈りをした草の、一時仮置きをしていたものを整理した。
この作業は、昨年草刈りをした草において思いついた方法で、作業そのものは今年の春になってから行っている。
 こちら→(2025/4/18)

それと同じ作業を、今年草刈りをした草に対して行った。


今年は、昨年と作業の順序が逆で、運搬車で運ぶ離れた場所の枯れ草の整理を12月22に行い、近場の一輪車で運ぶ草の整理を今日実施した。

最初の作業を行ってから、今日までの間に随分と間が開いたが、この間に10Cm程度雪が積もったりして、その雪が溶けるまでは作業ができず、続きの作業は越年もやむなしと思っていたのである。
ところがその後は雪が降ることもなく、その雪も消えてきたので、今日続編の作業をしたという訳である。


ともかくこれをもって、令和7年の外仕事はすべて終了である。
7月に目のけがをした以降は充分な外仕事ができず、間引いた仕事も多々あったが、これも致し方ない。



2025年12月29日(月)
正月飾り
我が家の正月飾りは、12月30日と決まっているのに、 こちら→(2023/12/30)
今年は間違えて、29日の今日飾ってしまった。


と言っても大層なことをするわけではない。
神棚と仏壇の掃除をし、神棚では榊を取り替え鏡餅を供える、仏壇では鏡餅を供えるだけという、簡単なものである。

続いて玄関の正月飾りを行うことになるのだが、今年はMがすでに昨日の時点で執り行っていた。

飾られたしめ縄は、先日老人会のしめ縄作り こちら→(2025/12/24)
で作り上げたもので、Mも一緒に作成していて、K・M両者が作成したものが二つある。

どちらを玄関先に飾るかという協議になって、Mのものがバランスが良いということで、M製のものを飾ることになった(K製のものは、Mの実家で飾られる予定)。
さらにMは、我が家用の小さめの門松も制作していて、その門松を玄関わきに飾る際、一緒にしめ縄も飾ったという経緯である。


飾る日を一日間違えでしまったが、ともかく正月を迎える準備が一つ滞りなく終わることになった。
あとは正月の来るのを待つだけである。



2025年12月28日(日)
今冬もネギ鍋
八色石集落に住む知人で、野菜作りの名人がいる。
時々野菜を頂いたりするのだが、冬が近づくと、根つきのネギを大量に、しかも超破格値段で分けてもらうことにしている。

今冬も3・4日前に分けていただいた。

こうなるととりあえず作らなければならない鍋がある。
藤井恵さんのレシピ「長ネギ豚しゃぶ」。我が家の通称、「ネギ鍋」である。


今日の夕食に作ってみた。新鮮な長ネギで、味は抜群。
美味しくいただいた。

このネギ鍋については、以前小欄で一度紹介していて、 こちら→(2025/1/20)
レシピはそのときに載せているので今回は割愛した。



2025年12月27日(土)
”あっちゃん” からプレゼント
今年の秋、“あっちゃん”夫妻が来宅した。 こちら→(2025/10/12)
その折夫妻とMはグループLINEを開設した。私にも加入するよう誘われたが、横着心が起きて辞退した。

そのグループLINEに、1週間くらい前のことだが、メッセージが入ったらしい。
「“あっちゃん”がプレゼントを送ってくれるらしいよ」、とMに告げられた。

クリスマス向け用のお菓子か何かが送られてくるのかなと勝手に想像していたら、届いた荷物を開けてみると靴下であった。K、Mそれぞれ2足ずつある。


サイズから見て、写真上段左側がK用、右側がM用と思われる。

身内の者から贈られるものは別として、身内外からの人で、身に付けるものをプレゼントされるのは、近来誠にめずらしい。それだけに靴下とわかったときはひどく嬉しかった。


そのうちの一足を、今日履いてみた。
ウールとアクリルの素材からできたもので少し厚め。
Kの場合、夏冬とも普段履く靴下の素材は綿が主体。綿に比べて、履き心地も違い、暖かさも違う。

これからは宗旨替えをして、冬に履く靴下はウール入りにしようかと思い始めている。



2025年12月26日(金)
初積雪
朝一仕事を終えて外に出てみたら、景色は真っ白であった。
今冬の初積雪である。

植木鉢を乗せる台の上など、消えていないところの積雪の量を見るとおよそ5Cm程度である。
昨夜の天気予報で、山陰地方の山沿いは雪と報じていたが、大したことはなかろうと思いつつ寝たのであるが、思ったより多かった。


その後はほぼ間断なく降る。今日は一日中屋内で過ごすと腹を決めた。

Mは、今日は仕事の日。今日から学校が冬休みのため、弁当持参で朝から出る。
従って昼食は私1人。時間のかからぬものを作って、一人で食べた。

午後の2時頃であったろうか、たまたま外を見ると雪が止んでいる。ならばウォーキングにでも出てみようかと思いついた。
身支度をしてウォーキングに出る。県道まで出ると、車の通るところだけ雪が解けていた。まだ除雪車は出ていない模様である。

ところがである、歩きを続けていると、すぐに雪が降り始めた。しかも強い。風に吹かれて雪が顔に当たる。このままウォーキングを続けるのは大変と思われ、引き返すことにした。予想より早い急変であった。

その後も雪は降り続き、夕方の積雪は10Cmほどになる。
どうやら本格的な冬に入った模様。

いよいよ「冬ごもり」の始まりである。



2025年12月25日(木)
社協時代の上司  M.Tさん 逝く
私は平成13年(2001年)に当地に移住し、その翌年から4年間社会福祉協議会に勤めシルバー人材センターの立ち上げ業務に従事した。  こちら→

勤務し始めたときは瑞穂町社協であったが、その後平成16年(2004年)10月に平成の大合併が行われ、邑南町社会福祉協議会となった。
M・Tさんにお世話になったのは、その合併以後の邑南町社協時代である。

そのM・Tさんが亡くなられた。
享年68歳とある。
現在私は81歳であるから、私より13歳若い、いかにも若い亡くなりようである。


M・Tさんは、合併前の羽須美村の方。羽須美村社会福祉協議会の事務局長をされていた。
合併後は、旧瑞穂町社協事務所が、新邑南町社協事務所となったため、MTさんは新社協の副事務局長として赴任され、私と同じ職場で働くことになった、という経緯になる。
当時私は丁度60歳。したがって、一緒に働き始めたときのM・Tさんは47歳という若さであった。

M・Tさんは福祉関係の仕事、そして私はシルバー人材関係の仕事と担当分野が異なっていたため、業務上での接触はあまり多くなかったが、その後、シルバー人材の業務を旧羽須美村でも広げることになり、羽須美村在住の人材情報など、種々お教えいただいた記憶がある。

組織上M・Tさんは副事務局長、そして私は嘱託職員でM・Tさんが上位。しかし年齢では私が上位。
「○○さん」といつも声をかけられ、立ち話をしたものである。
パソコン技法でも私の方が少々上。「これはどうするん」と尋ねて来られて、お教えしたことも度々であった。

亡くなられたのが12月12日。昨日が通夜で今日は葬式。
今日の葬式に行ってきた。


場所は地域の浄福寺というお寺。
焼香台に2枚の遺影が用意され、許可をいただいて撮ってきた。
当時と少しも変わらぬ、にこやかなお顔であった。

ご冥福をお祈りする次第。
合掌



2025年12月24日(水) ラベル1224
しめ縄づくり と 忘年会
老人会である龍和会の、しめ縄作りと忘年会が開催された。

昨年までは、役員の一端を担っていたので、このようなイベントの時には種々業務にあたったが、昨年の総会で全ての任務を卒業したので今年は無役。ゆっくりと楽しんできた。

昨年の忘年会の様子は  こちら→(2024/12/18)
今年度になり、新しい会員さんが3人増えて、老人会も少し賑やかになった。今年の参加数は14名である。


昨年は事情があってできなかった、しめ縄作りも今年は無事にできる。


講師は会長のTさん。全ての材料もTさんが集めたもの。
10時半頃から始めて、全員が作り上げたのは12時を少し回っていた。


続いて忘年会。
弁当は外部から取り寄せたが、汁物は、女性会員が一時間半早く出席して作った豚汁。



両者とも美味。堪能した。


食後は綾小路きみまろが出演するビデオ鑑賞会が開かれたが、Kは大半寝ていて観ていない。
会が終了したのは午後2時半頃であった。



2025年12月23日(火)
眼科健診 19回目
2週間に1回の眼科検診に行ってきた。
 前回は こちら→(2025/12/9)

予約時間が普段より遅く9時半。したがって我が家を8時半頃出る。
いつもの通りMの運転。クリニックには9時半前に到着した。
待合室はいつも通り満杯の患者である。

受診の経過もいつもの通り。諸検査があって、医者の診察となり、「特に異常なく順調です」その結果を告げられて帰ってきた。
ただその中で、一つだけ違う動きがある。

それは一昨日記述した外出用メガネにプリズムを貼ってもらうこと。
一昨日の記述では仮の動きとして老眼鏡のプリズムを外し、新規に購入したメガネフレームに貼り付けたと記載しているが、診察にあたっては、この状態を元に戻し、プリズムの無い状態でクリニックに持参した。

受付時にその旨の依頼をして置き、視力検査の工程の折りに、一緒にプリズムを貼り直してもらうことになる。


内容の説明がしにくいところがあるのだが、二重に見える状態が若干良くなっていると思われる節もあって、貼り付けるプリズムの“度”を少し下げてもらうよう頼んでみた。
処置に当たるスタッフも、その意見を受け入れつつ検査をしてくれて、「少し“度”を下げた方が良いかもしれませんね」と言うことになり、結論としてこれまでは貼り付けていたプリズムの度数が8であったものが、4になった。

自分で試しても、以前より良いように思われる。“度“を下げた状態で当分使ってみることになった。

次回は1月6日、雪の中での検診の可能性もあり、予約時間を遅くしてもらうよう頼んでおいたので、示された時間は10時半となっていた。



2025年12月22日(月)
鼻炎薬
昨日は目にまつわる話であったが、今日は鼻に関係する話である。

私には鼻にも持病がある。くしゃみや鼻水が、年中出るという症状である。
春先の所謂花粉症もでるが、その他の時期に、温度が急変するとかの、何らかの環境が変わるとくしゃみや鼻水が出始める。1種のアレルギーであろう。

症状が出始めた時期の記憶は定かでないが、当地に越してきてしばらくたっての時期と思われる。
症状が収まらないので、病院に通った時期もある。

邑南町には耳鼻咽喉科のある病院が無いので、隣町になる川本町の加藤病院に、月1回島根大学の耳鼻咽頭科の先生が来られると聞き通院したのであった。小太りの若い先生であった。
先生の見立てでは、アレルギー症状もあるが、鼻の奥に小さな傷もあり、それが刺激となってくしゃみが出るという説明である。液状の鼻の穴に噴射する鼻炎薬が処方された。

通院した時期をExcelの金銭出納帳で「医療費」で抽出してみると、平成27年(2015年)9月から平成28年4月まで、ほぼ月1回の頻度で通院している(備忘録は当時まだ手書きであったので検索が難しく、金銭出納帳を調べるのが簡単と判断した)。余談だが、薬代も含めて1回当たりの医療費が3000円程度。かなり高額な診療費であった。

ただし結果はあまり芳しくない。そんな悩みを八色石に住む知人に話したことがある。
するとその知人は、「私も鼻に症状があり、対策として市販の漢方薬を購入し、常備して飲んでいる」と教えられた。試しに飲んでみたらと、数袋の薬を頂いた。粉上の顆粒剤である。

続けてその顆粒剤を飲む気が起きていないので、私にはあまり効果が無かったのかもしれない。
ただし市販の薬を利用するという考え方は参考になった。

何をどうして探したのかは記憶がないのであるが、市販の薬で『鼻炎薬「クニヒロ」』と言う薬に出会ことが出来た。“鼻炎薬”という普通名詞が、商品名となる固有名詞として使われている珍しい薬である。
この薬が私にはぴったし合う。飲むと鼻がスッキリするのである。
漢方薬系の薬で、薬の製造メーカーは、皇漢堂製薬といい、アマゾン経由で入手できた。


朝1錠飲むと、ほぼ終日スッキリとした時間が過ごせるが、万一の非常時対策として、常時1・2錠を携帯の袋に入れて持ち歩くようにした。
外出時、どうしても鼻水が止まらない時は、その非常用の薬を飲んで急場をしのぐという方法である。
この方法で持病の鼻からは解放される状態となった。

アマゾンでは購入の経緯が調べられる。過去の購入経緯を調べてみると次であった。


一番最初に購入した月日は、2016年6月9日となっている。川本町の加藤病院に通院していた時期と合致する。
以後、1〜3ヶ月の合間をとりながら、最近まで継続して購入し続けてきた。

ところがである。
2024年の初旬のこと、この鼻炎薬が突然購入できなくなった。アマゾンの表示では製品切れと言う趣旨の表示がされていたと思う。
皇漢堂のホームページをのぞいてみると、この“鼻炎薬”に関する記事は一切表示されていなかった。

もはや製造中止になったものと考えられ、代替品を探すしか手がない。
何種類かの鼻炎薬を入手し試してみたが、これはというものがない。致し方なく最終的に選んだ代替品が、同じ皇漢堂で製造されている「アレルビ」という鼻炎薬であった。


やはりアマゾン経由で調達していて、先ほどのの履歴を見ると、2024年6月から購入し続けている。

しかし「アレルビ」は以前の「鼻炎薬」ほどは、私に合わなかった。スッキリとしないのである。
特に最近の、この一ヶ月前後は特に悪い。
始終鼻水が出て止まらないという状況が続いている。

いやいやながらも、病院に行くしかないかと思いはじめ、具体的に病院選びを始めた矢先のことであった。


たまたまアマゾンを開いたら、何処のページであったか今は思い出せないが、販売していないはずの“鼻炎薬”の写真が載っている。
まさかと思いつつもそのページを開いてみると、通常通りの形式で販売をしていたのである。
即座に発注を決意した。

発注したのが19日、そして製品が届いたのが昨日、21日の午後である。

受け取ってすぐに1錠飲んでみた。気分の問題かもわからぬが、寝る時にはなんだかすっきりした気になる。
今朝起きてまた1錠飲んだ。今日は一日、かなり具合が良い。

病院探しは少し先に伸ばすことにした。



2025年12月21日(日)
外出用眼鏡の再購入
今回の左目の怪我にまつわる話である。

怪我の影響で左目と右目の画像がずれ、ものが二重に見えるようになった。
これを修正するため、度のない眼鏡を調達し、プリズムを貼り付けて使用している。
 こちら→(2025/8/25)
普段の外出時にも使用するが、車の運転時には必須アイテムになる。


その眼鏡がなくなった。
なくなったことに気がついたのは、18日の朝である。ウォーキングに出ようとして眼鏡を探したが見つからない。ウォーキングはメガネがなくても何とかなるので、そのまま歩き、戻ってから眼鏡を探したのだが、見つからなかった、というのがことの始まりである。

その前日には車で出かけ、戻っている。車の運転中には眼鏡を使用して居たはずで、したがって眼鏡は家の中にあると考えられる。
と言う訳で、18日中屋内の内外をあちこち調べたが、結局発見することはできなかった。

生活必需品なので、悠長なことはできない。19日朝には次善の策として、眼鏡を発注することにした。
またしてもアマゾンである。

その品物が今日届いた。


(手前が今日届いた眼鏡、
奥は老眼鏡)

当然プリズムも一緒になくなっているのだが、2・3回前の検診時に、老眼鏡にも同じ性能のプリヅムを貼ってもらっていて、その老眼鏡のプリズムを外し、優先度の高い、今回購入した度なし眼鏡に貼り付けた。

プリズムのなくなった老眼鏡には、再び黒い眼帯を取り付けた。
黒い眼帯の効用については以前小欄で触れている。
 こちら→(2025/8/16)



2025年12月20日(土) ラベル1220
藤原正彦氏が両親を語る
これまでにも何度か触れているが、夜中目覚めた時、ラジオ深夜便を聞くことはままある。

今回もそうで、手元に置いたiPodをつけてみたら、時間は午前一時台の後半で、田辺聖子氏の姪御さんが、聖子氏のことを振り返るという番組が流れていた。
聞き終わるとアナウンサーが、明日のこの時間は藤原正彦氏が両親を語る番組を流すという。

藤原正彦氏は数学者でかつ文筆家。
小欄にも何度か登場していて、 例えば
 こちら→(2019/7/13)
 こちら→(2020/10/8)
少し古風な考え方の持ち主で、Kの好みの文筆家の一人でもある。

著作も1・2冊は読んだことがあり、また、図書館で毎号借りる文藝春秋の巻頭随筆「古風堂々」は真っ先に読むのが習わしである。
今手元にある文藝春秋は2025年の12月号で、氏の随筆は「落ちる人、落ちない人」というタイトル。
ベッドから落ちてしまったという話を起点に、日本の長所は、布団で寝ることで、落ちることはなくぐっすり眠れる。これが長寿の原因ではないか、と半分冗談で推定していた。

ことほどさように、氏の著述を文字で読むことはしばしばであるが、氏の音声を聞くことはこれまでになかった。
今回は是非その声や話しぶりを聞いてみたいと思ったわけである。


ただし深夜に起きて聞く必要はない。聞き逃しサービスで1週間はいつでも聞くことができる。
聞いたのはのは今日のこと、パソコンで録音をかけながら話を聞いた。


(画像をクリックして別の画面を表示すれば
ラジオで放送された最終部3分程が流れます)

藤原氏が両親である“新田次郎と藤原てい”のことを語る内容で、これまでに何らかの著述で承知して居た内容が多かったが、肉声で聞くとそれなりに面白かった。

少し高い音の音調。そして、やはり頭がよいのであろう、話し言葉が途切れることなくよどみなく出る。司会のアナウンサーが途中で声を挟み、話題を転ずるという場面もあったりなどして微笑ましかった。

藤原氏は1943年の生まれ、したがってKより一歳年上である。録音されたのは2022年で、氏が79歳の時とのこと。若々しい声でもあった。
今回初めて肉声を聞いたが、氏の動画はこれまでに見たことがない。NHKのテレビででも取り上げてくれれば良いのだが。



2025年12月19日(金)
不要雑木の切り倒し
今日も昨日同様の、暖かな小春日和の良い天気。
Mにも手伝ってもらって、懸案になっていた外仕事を実施した。

具体的には、目障りになってきて、不要と思われる雑木類の切り倒し作業である。


最初が第一目的の「ウラジロノキ」。
小欄にも何度か登場した事のある木で、2階自室の窓から外を見たとき眼前に見える木である。

葉の裏が白い珍しい木で、当分の間は愛でていたのだが、成長が早い木で2階から見たとき邪魔になることもある。
1・2度は剪定剪定をしたが、  こちら→(2023/11/22)
やはり、枝がすぐに伸びて邪魔になる。
裏山への移植も考えたが、私が移植するにはも早大きすぎる。
やむをえず切り倒すことになったという経緯である。


チェンソーで切り倒すわけで、あまり造作はない。脇芽が出ないように、切り株に切り目を入れて灯油をかける。これで根元まで腐食が進行する。


続いて雑木の切り倒し作業を行ったが、こちらはMの要望である。


前庭で1本。不格好であり、他の木の邪魔にもなるということで切り倒しになった。
残りは裏山で2本。こちらは幹が斜めに傾斜していて、見栄えが悪いので倒してと言う依頼。
チェンソーで倒し、枝を整理するという作業である。

すべての作業で1.5時間を要した。



2025年12月18日(木)
防猪用金網に出入り口追加
ここ暫く、山陰特有の厚い雲に覆われ、しかも寒い日が続いたが、今日と明日は晴れの予報。気温も上がるらしい。
久しぶりに屋外作業をすることにした。

今年の5月、笹ユリが咲く場所に猪の侵入を防ぐための金網を設置したのだが
 こちら→(2025/5/28)
その時取り付けた出入り口の他に、もう一つ出入り口が欲しいと言うことになりその作業をしたわけである。


この金網内の諸管理は主としてMが行なっていて、秋口になり茂った笹や草を刈る作業を行った。
この刈り終えた笹や草を金網外に運び出し、草焼きをしようとした時に不便を感じた訳である。

当初金網を設置したときに出入口を一つ設けたのだが、その時の出入口は、下から登ってきた奥側(山側)に設置した。
刈り終えた笹や草を出入り口から出そうとするときは、傾斜を掻き上げて草を運び出す格好になる。
これは苦労を伴う作業になり、これを避けるため、出入口を下から登ってきた金網の手前側に設置したいとなったわけであった。

依頼を受けてOKの返事はしたものの、天気が悪くのびのびになっていた作業を、今日ようやく実施したという次第である。


前置きが長くなった。
作業をしたのは午後である。

作業内容をシミュレーションし、必要な資材を用意して現地に向かう。


作業は午後1時過ぎから始めたのであるが、冬の太陽、すでに陽はは傾き始めて、写真を撮ろうとすると逆光になる。
あまり良い写真が撮れなかった。

作業に要した時間は30分あまり。一時間まではかからなかった。


久しぶりの屋外作業で、作業のあとはなんとなく達成感が湧く。
風もなく穏やかな天気。
すっかり落葉した里庭の中を、しばらくぶりにゆっくり散策してのち家に戻った。



2025年12月18日(木)
息子の名前の引用元
今日の読売、文化欄の記事である。


普段このような記事は熱心に読むものではないのだが、たまたま目をやると、私が卒業した九州大工業大学の創業に強く関わった人の名前が出てきて、しかもその創業者の名前をいただいて我が屋の長男の名前に命名したという経緯もあって、新聞をスクラップしたという話である。

その人の名前は安川敬一郎氏。

新聞記事では、安川電機の創業者として紹介されているが、同氏は、九州工業大学の前身である明治専門学校という学校の創立の中心人物でもあった。

このことをチャットGPTにまとめさせると次のように表示された。


ここにも新聞記事と同様「孫文」に関するエピソードが表示された。両者のつながりはかなり深かったものと思われる。


安川氏は設立にあたって資金面での中心人物であったが、もう一人、精神面で中心的な役割を果たしたのをは山川健次郎という人。明治劇専門学校の初代校長を務めている。

両氏についてチャットGPTにまとめさせると次の表現となった。


我々も大学入学後、この両氏の偉業についてはたびたび話を聞かされ、また応援歌か何かの歌の歌詞に“安川・山川産むところ・・・”という一節があり、今でも思い出される。

そんな次第で我が家に生まれた長男には、創業者の名前をそっくりいただいて「敬一郎」と名づけさせてもらったというわけである。
我が家には息子が一人しか生まれなかったので、もし次男が生まれ寝ていたら健次郎と名付けたかもしれない。が、これはできなかった。


新聞記事から我が子命名の経緯を思い出したので、ここに書いてみた。



2025年12月16日(火)
「あさイチ」紹介の雪見鍋
今日も鍋の話であるが、いつもの、ネタ切れ、苦し紛れの鍋ではなく、ホットな話題の鍋の話。
今朝放送された、NHKの「あさイチ」で紹介された鍋である。


今日の番組は、朝ドラに出演している俳優さんが、あさイチに常連で出演する料理人3人と一緒に、クリスマス料理を作るという話題。


その中で今日の雪見鍋は、日本料理荻野シェフ考案のレシピである。
Mが番組を録画していたので、その中で主要な部分を切り取って撮影し、レシピを作成した。


魚が主体の鍋で、使う魚は何でも良いらしい。

1;魚に酒小さじ1、醤油小さじ1を加え下味を付ける。時間は5分程度。
2;下味をつけた魚に、小麦粉を両面振りかける。茶こしを使うと便利。
3・4;フライパンにサラダ油大さじ1.5杯を入れ、魚を焼く。焦げ目がつく程度、時間は2・3分。
5;だし汁を用意する。だし550ml、酒大さじ1、みりん大さじ1、薄口醤油大さじ2。
野菜は、白菜70g、しめじ1/2パック、椎茸2枚、エノキ1/4パック、青ネギ3本。
6;材料を煮る。
白菜の軸・きのこを入れ沸騰してから中火で3分半程、青ネギ・白菜の葉を入れ1分ほど煮る。
7・8:かぶ(すりおろし)5個、ゆずの皮、適量。
えび・ぶり・かぶを入れて30秒ほど煮る。ゆずの皮を入れて火を止める。


今日はKが夕食当番。
早速このレシピを参考にしながら初挑戦の雪見鍋を作ってみた。


使った魚はタラとエビ。タラは先日Mが近郊の魚屋に行って買ってきたもの、エビは冷凍のものである。
魚は、レシピに従い処理した。
だし汁はレシピの倍以上作ったので、調味料もそれに合わせて塩梅する。
野菜はあるもの。かぶは畑から採ってきた。ゆずも畑にあったのに、採ってくるのを忘れていた。

思ったよりは意外に手間のかかる鍋であったが、しかし味は上々。
我が家の鍋の10位以内には入る味で、これからも魚があるときは、しばしば登場する鍋になろう。



2025年12月15日(月)
SeeQValt 対応HDD
掲載を失念していたり、思いついた時には他に優先する話題があったりして掲載が遅れたのであるが、およそ1ヶ月余りに前に実行した作業について触れることにする。

具体的には、テレビの録画の話である。

我が家ではテレビで放送する番組をビデオに録画して見ることがかなり多い。一度見れば消去するのであるが、保存しておいて後日再度見たい番組もある。
このような、長期保存しておく番組が次第に増え、レコーダーのメモリーが少なくなってきたので、外付けのHDDをセットして、長期保存分は外付けHDDに保存するようにしてきた。
これで当面の問題は解決する。

ただし根本的な問題が残っていた。

現在使っているレコーダーが故障したとき、レコーダー内に保存している番組はもちろんであるが、外付けHDDの中に保存した番組も、新規購入した別のレコーダーでは、見ることができないらしいのである。
著作権法の関係で、そのような設定になっているらしく、いろいろ調べてはみたが、これを避ける方法はないらしい。

他の方法で、DVDに保存すれば、現在のレコーダーが故障しても、次のレコーダーで番組を見ることができるが、DVDへの保存は手間がかかる上に、また別の問題もある。
例えば  こちら→(2024/3/31)

そのような状況の時に見つけたのが、SeeQValt(シーキューボルト)方式である。
 こちら→


これまで見聞きしたことのない言葉であるが調べてみることにした。

アマゾンを開くと多くの品が表示される。通常のHDDに比べると価格はかなり高い。4TBの製品で試してみることにした。




通常のHDDなら買ってきて即座に使用できるが、当該の品はそれなりのフォーマットが必要であったりなどする。製品に付いていた説明書とレコーダーの説明書を読みながらなんとか初期設定を終了した。
以前のことで記憶が薄れているが、この初期設定に2・3時間を要した記憶がある。


撮りためた映像を、新規に購入したSeeQValtに移動するのもかなり大変であった。
外付けHDDからSeeQValtに直接移動できないので、外付けHDDのデータを一度レコーダーのHDDに戻し、戻したHDDデータをSeeQValtnい移動するという、二度手間の作業が必要であった。

またデータを移動するにも時間がかかる。昼間テレビを見る時間などは、移動作業ができないので、夜間にセットしておいて寝るなどの非常手段を取ったりなどもした。
とりあえず必要なデータを移し終わるのに3日程度要した記憶が残っている。

また移し終えたデータの管理にも少々問題がある。
レコーダー本体や通常のHDDの中に保存した番組データの場合は、同じ類の番組は一纏めにした“フォルダ管理”ができるので、保存した番組を探しやすい。
ところがSeeQValtに保存した番組データは、この“フォルダまとめ”ができないのである。すべての番組が一つずつ表示されることになり、探し出すのが容易ではない。
次善の策として、テレビに映るタイトル画面を撮影して編集し、紙に印刷して、番組目次のようなものを作成して、番組探しの補助にすることにした。



さらに、SeeQValtに保存した番組データは、専用のソフトを使えばパソコンでも見ることができる(はずである)。
近く試してみたいと思っている。
これは、「入院・入所の準備」の一環でもある。



2025年12月14日(日)
チャットGPTに QRコードを作成してもらう
昨日の続編になる年賀状作りに関係する。

年賀状作りも最終段階になり、毎年同じパターンで、最下部に住所や電話番号などを記載しているコーナーの整備となる。

我がホームページのアドレス(URL)も表示しているのだが、今年の4月にそのURLが変更になったので、その知らせを記述した。
そのとき閃いたのが、昨今世間ですっかり定着しているQRコード(二次元コード)も一緒に表示してみようかという思いつきである。

URLを表示するためのQRコードは、そう難しくなく作成できるとは承知していたが、具体的な作り方は判らない。
ネットで調べてみるかと思ったときに、先日受けたチャットGPTの講習会のことを思い出した。
 こちら→(2025/12/7)

チャットGPTは、相談を受けるだけでなく、自ら答えを作ってくれるという話である。そのときは写真を提示して物語を作ってもらった。

これまで私がチャットGPTを利用する方法は、何何をするにはどうすればいいのという手順を教わる方法で、作ってほしいという頼みはほとんどしてこなかった。
ならばここで、QRコードの作り方を提示してもらうのではなく、QRコードそのものを提示して欲しいと頼んでみようかと思ったわけである。


ただこの時疑念が湧いた。
チャットGPTとの間のやり取りは、通常文字のみである。出来上がった画像コードをどうやって示すのであろう、という思いである。

まあいい、と疑念はそのままにチャットGPTに相談することにした。


赤枠が私からの依頼文。
ものの数秒で答えが返ってきた。思わぬ回答付きである。出来上がったQRコードを画像として「ダウンロード」させて提示するという方法であった。

右に示すQRコードが、ダウンロードフォルダーから引き出してきたQRコード図である。
出来上がったコード図をスマホで読み取ると、間違いなく狙いの画面が表示された。


と言う経緯をへて、出来上がった今年の年賀状が次である。


本文のところは、今はまだ公開できない。



2025年12月13日(土)
文字列の一文字にグラデーションを掛ける
師走に入り年賀状作りのシーズンである。我が家もその最中。

我が家の年賀状作りについては昨年紹介しているので、 こちら→(2024/12/21)
作り方の詳細は割愛するが、その中にあって、今年少々苦労した部分があり、そのことについて私の備忘も含めここに記載してみる。

冒頭に掲げる文字は「謹賀新年」とすることにした。
この「謹賀新年」の文字飾りの話である。
一文字ずつ文字の色を変えるのはたやすい。文字一つを選んでフォントの色を指定すればそれでよい。この方法はWordでもExcelでも同じ要領で実行できる。

今年実施したい技法とは、謹賀新年のうち、「新」の文字だけに、多色でグラデーションをかけたいと思ったわけである。

実はこの技法、令和五年の年賀状でも使っているのだが、その実施方法をすっかり忘れている。
Excelではできず、Wordを使って作った記憶はあるのだが、一体どうやって作ったのかすっかり忘れているのである。

ともかくWordを開き、あとは試行錯誤、これと思われるボタンを押したりなど、ほぼ一時間を要してなんとか技法を探し出した。
来年以降も使う可能性がある技法で、ここに備忘のため技法の詳細を記録しておく。


グラデーションをかけたい文字を選んで右クリックする、現れるダイアログボックスの中から「フォント」を選びクリックする。
すると「フォント」という別のボックスが表示され、その最下部にある「文字の効果」ボタンを押す。
すると、「文字の効果の設定」という別のボックスが開く。その中にある塗りつぶし(グラデーション)を選択すると、下部にグラデーションの傾きやグラデーションの色を選択するボタンが配置され、これらの設定を行ったのち「OK」ボタンをクリックすると、選んだ文字がグラデーションされて表示される、という手順である。



出来上がったグラデーションのかかった文字の部分(赤枠部分)を、例えば
 「Snipping Tool」 こちら→
を使って画像として切り出し、張り付ければよい。

切り出したものは画像情報なので、Excelなどどこにでも使うことができる。



これは只今作成中の来年度用の年賀状ファイル。Excel画面で作成しているが、その冒頭に今回作ったグラデーションの入った「謹賀新年」の文字を貼り付けている。



2025年12月12日(金)
過ぎたるは猶及ばざるが如し
かなり以前のことになるが、9月21日読売書評に掲載された記事である。


なかなか面白い書評で、“人生をたっぷりと経験してきた人間たちの「大詰め」を写しだす“とくれば、読んで見たいという欲望に駆られた。

自分で購入してまで読むことはないので、その次に図書館に行った折予約申し込みの手続きをしておいた。
しかしその後、何回も図書館を訪れたのだが、本件の申し込みについては、図書館から何の返事もない。一方、こちらから問い合わせることもないと思い、経過を尋ねることもしなかった。
そのうち、もはやこの申し込み手続きは廃棄されたのだろうと推定し、忘却していた状況である。

ところが先日図書館からメールが入った。予約していた当該の本が入荷したとの連絡である。


2,3日間が空いたが、本を借りに図書館へ行くと、「島根県立図書館から借りてきた。予約が重なって、入荷までに時間がかかった」との説明がある。
忘れられてはいなかったのだと、丁寧な事務処理に感謝しつつ借りてきた。


ここまでは良い。
さて読む段である。

桜木氏については、数年前に直木賞を受賞されたという程度の予備知識。氏の本は初めて読む。
最初に冒頭の「兎に角」を読んでみた。

書評にあるように、ドキドキワクワクとしながら読み進められるかと思いつつ読むが、どうもそれほどの感激が起きない。登場人物に同化できないのである。
ついで読んだのが「ひも」と最後の「情熱」。いずれも読後感は「兎に角」と大同小異であった。

何ゆえ書評を書いた藤原氏と同じような感慨を持つことができないのか、考えてみる。
氏は言う。「50代以前の若者には、この小説を理解するにわ若すぎると」。逆に言えば「この小説が身近に思えるのは、50・60代の定年前後の人」。

「50代60代をとうの昔に過ごした私にとっては、これまた、この小説を読んで感慨を催すには、時間が経ちすぎた」と言うことなのかもしれない、と思い至った。

言うならば「過ぎたるは猶及ばざるが如し」、なのであろう。

残念ながらこの本は、以上を持って返却である。



2025年12月11日(木)
鶏すき鍋
またしても、ネタ切れの時の鍋の話。
ただし、今回は初挑戦の鍋である。

レシピは12月4日の読売掲載のもの。


私の好みの料理人のひとり、藤井恵さんのものである。
レシピはコピーして保存していた。 保存法は こちら→(2020/5/24)


内容で独断難しいところはない。


材料のうちシラタキがなかったので、代わりに使ったのがビーフン。味は全く異なるが、形だけ似たものがあったので代わりに使ってみた。
残りの材料も、レシピにできるだけ近いものをと考えつつも、冷蔵庫にあるもので代用した。

調味料はレシピに近いものを選んだが、あとは我流。“すき鍋”とあるもののすき焼き風のところは何もない。通常の鍋と同じ体裁になってしまった。


味はいつも通りで美味。
Mの評価は、「初挑戦の鍋とは分からなかった」とのこと。



2025年12月10日(水)
外仕事 2題
明日からは寒くなると報じられているが、昨日と今日は比較的穏やかな天気。外仕事をした。

昨日は、眼科健診から戻ってきての午後のこと、2・3日前からMに頼まれていた作業である。
生野菜などを腐らせて肥料にするコンポストの一つを、冬に備えて空にしたいとのことで、その作業の手伝いをした。


一年分程度の生ごみが詰まっているらしいのだが、腐食が進んでいてさほど匂いもない。ケースを取り除いて掘り起こし、運搬車に積んで運ぶという作業になる。
運ぶ先は少し離れたところになる、Mが花を育てている畑。溝を掘ってその溝に運んだ肥料を埋めるという作業である。

当初Mは一輪車で運ぶと考えていたらしいが、一輪車なら10回近くは運ぶ必要があろう。運搬車の操作で多少難しい場面も生じたが、なんとか乗り越え、無事に終了した。
要した時間は一時間あまりであった。


そして今日の作業。
先日「秋じまい」は全て完了としたが こちら→(2025/12/2)
作業の内容としては「秋じまい」の一つである。
春まで放置して置いてもよいと考えていたが、今日の穏やかな天気に誘われて作業をすることにした。

場所は、里庭内にあっては一番奥に位置する「勧ヶ原」と名付けた場所。
10月初旬に丈の高い草のみを草刈し、草はそのまま放置していて、その上に落ち葉が重なった状態。
その草の処置である。


この地はすでに山の中。火事が心配なので燃すわけにはゆかない。
隣地の境界線手前に、猪などの動物の侵入防止壁も兼ねた草の捨て場所を設けていて、集めた草をこの捨て場所に運ぶ作業である。

草刈時、草はあまり密集して居なかったので、草の量は多くはないと思って作業をしたのだが、思ったよりは量が多く、運搬車満杯にして2回分運ぶことになった。

要した時間は一時間半であった。
「秋じまい」は正真正銘、これで全て完了である。



2025年12月9日(火) ラベル1209
眼科健診 18回目
左目の眼科検診に行ってきた。
通算18回目の通院になる。

最近は2週間に1回という頻度で検診を受けるのが定例で、前回も2週間前、
 こちら→(2025/11/25)
である。


今回は、前回に比べ、患者の数がひどく多かった。

今回もMの運転。クリニックには8時45分頃ついて、いつも通りの診察スケジュール。
諸検査があって、医者の診察になる。
医者は「経過は順調です」と答えたのち「何かありますか」と問いかけてくるので、下まぶたのメクレのことについて尋ねてみた。
下まぶたのメクレの量が、日が経っても、めくれの量が少なくなる傾向が見えず、むしろ大きくなっている気配もある。そのことについて「何か対策の方法はありませんか」と訊いてみた。
医者の回答は「手術という手があります」とのこと。
手術を受けるかどうかは別にして、改善の手段があると聞いて、少々安堵した。


普段ならここまでに要する時間がほぼ1時間であるのに対し、今回は患者数が多かったためか1時間15分。
10時過ぎにクリニックを出て、Mの買い物に少し付き合い、家に到着したのは12時を若干回った頃であった。


まだまだ先は長い、という状況である。



2025年12月9日(火)
チャットGPTの参考書
昨日のチャットGPT講習会に纏わる話。いわば付録のような話題である。

昨日の講習会は「矢上交流センター」という場所で開かれた。少し距離がある。車で30分以上はかかる距離である。

自分には、あまり公言できないような危険な持病があって、 こちら→(2024/4/46)
安全を見て、遠距離の場所に行く場合はかなり早めに自宅を出る。
今回もそうであった。
ところが今回は、途中ほぼトラブルが起きず、そのまま交流センターに到着したため、着いた時間は講習会開催時間のかなり前であった。

通常このような時は車の中で時間をつぶすのであるが、交流センターの中には図書館(邑南町石見分館)が設置されていることを承知していて、図書館に入って時間をつぶすことにした。

図書館の中に入ってぶらぶら本を眺めている時に目に入った。奇しくも講習会にぴったりの本である。


借りることにした。
Kがいつも利用している図書館(邑南町瑞穂本館)で利用している図書カードで借りることができるはずで、係の人に確かめると大丈夫という。カードを出して借りてきた。

帰宅後、まだ本格的には読んでいない。
それでも目次を見ているとなかなかよさそう。少し目を通してみるつもりである。


チャットGPTが発表されて以来ほぼ3年。Kも我流でたまに使ってはいるが、本格的にというところまでは至っていない。
借りた本で行うかどうかは別にして、今年の冬仕事の一つに、生成AIの勉強を入れてみようかと思い始めている。



2025年12月7日(日) ラベル1207
チャットGPT講習会
Kの生地である矢上の公民館(矢上交流センター)で開催されたチャットGPTの講習会に参加してきた。
講師は知り合いというか半ば身内、具体的に言えば、Kの次姉の甥っ子の長男である。
今回歳を聞けば23歳といい、我々が当地に引っ越してから生まれた子で、誕生祝いに甥の家に行った記憶も残っている。
我が家にも何回かは来てくれたはずで、今回改めて写真を探してみたら、私の還暦祝い(長姉の古稀祝いを兼ねる)に来てくれたものが出てきた。


(赤丸が当該人、2004年10月撮影)


前置きが長すぎた。講習会である。


IT関係専門学校の講師を務める傍ら、「出雲デジタル駆け込み寺」というITがらみの相談組織を立ち上げ、その代表を勤めていると言う。

当時の幼子が、ここまで大きくなったかと思うと隔世の感があった。

説明もなかなか堂に行ったもので、判りやすく、参考になる点も多々あった。
参考になった点の詳細は、ここでは割愛するが、ただ一つだけ、写真をチャットGPTにアップロードし、その写真を元に作業を依頼するという方法があるという。

講習会で実際に試した結果をここに披露してみる。

昨日小欄に載せた初氷の写真をアップロードし、それを元にした物語を作って欲しいと頼んでみた。
以下はその結果である。


「初氷」とすべきところを「発氷」と記述して依頼したため、戻ってきた物語に、「始めて」とというニュアンスの文章は見当たらないが、それにしてもこの写真を元にした見事な物語が作られている。
要した時間は、ものの数秒。

チャットGPTを含めたAI技術のすごさに、驚いた次第であった。



2025年12月6日(土)
初氷
突然真冬の寒さがやってきた、という感じであった。
実は、昨日夕方のNHK県内のニュースを見ていたら、天気予報で、各地の明朝のマイナス気温を表示してくれるコーナーがあり、邑南町のそれを見ていたら−4度と表示された。
この時期、思いもせぬ低さである。

話が少しずれるが、我が家の水道設備において、もっとも凍結しやすい部分は男性用トイレの止水栓周りである。
この設備の凍結防止には、かつては色々と試行錯誤をしたのだが、数年前からはルールが確定していて、
 こちら→(2019/1/10)
それは-4度を下回る時は、止水栓の周りをタオルで断熱し、さらに水をチョロチョロと流し続けるという方法である。

先の天気予報を見たときは、まだこの凍結防止の対策が全くされておらず、ニュースを見たあと慌ててその対策を実施したという状況である。


今朝になり様子を確認して見た。トイレ廻りは問題なし。
念のため屋外も見てみることにし外に出てみると、水草を入れる鉢があって、その中にある水が凍っていた。
氷の厚さはかなり厚い。割ってみると3ミリメートル程度はあった。

今冬の初氷である。



2025年12月5日(金)
おでんに添える 副菜2種
昨日と今日は2日続けてKが夕食当番であった。
このようなことはママあることで、普段ならその日その日のメニューを考えるのだが、今回は、昨日の時点で メインディッシュに“おでん”を考えていて、ならばと少しばかり 手抜きの方法を考えることにした。

私が作るおでんについては、先月も小欄に載せているが
 こちら→2025/11/5)
今回も同じ方法で、ほぼ同じ量作るつもりである。

ならば、 メインディッシュとなるおでんは 2日分は優にある。
メインディッシュとなるおでんは2日とも出すことにして、それに添える副菜を違うものにし、目先を変え、この場をしのごうと考えたわけであった。


で、
昨日作った副菜が、「大豆といりこの甘辛胡麻炒め」。 レシピは  こちら→
使用する大豆の水煮は3日前にすでに作っていて、レシピは こちら→
冷蔵庫に保存してある。それを使った。


いりこは焦げ目をつける程度に、予め火にかけあぶっておく。
大豆の水煮には片栗粉をまぶし、火にかけ焦げ目をつける。
次いで、先のいりことあらかじめ用意したタレをかけて混ぜるという、いたって簡単な料理である。
30分もかければ出来上がるという簡単なものであるが、食べると存外に美味しい。つまみにもなる。


今日作った副菜が、「カリフラワーの土佐煮」。レシピは こちら→


カリフラワーを小房にし、用意したタレで煮込み、最後に削り節をかけるというこれも簡単なもの。
煮込み時間を入れても30分はかからない。

普段カリフラワーといえば、湯がいて三杯酢のようなもので和えるレシピが多いが、それよりこちらが、私は美味しいと思う。

ということで、2日分の夕食当番を切り抜けた。
めでたし、めでたしと言うところである。



2025年12月4日(木)
着衣が冬バージョン
ここに来て気温が一気に下がってきた。
朝などストーブを付ける前は気温が5℃を下回ることもある。

そのような環境変化に対する自衛手段として、着衣の冬バージョンを昨日から採用することにした。
最も主要な変化点は、ネックウォーマーの装着である。


掲載した写真は、上段が今朝ウォーキングに出た時のもの、そして下段は、室内で過ごすときのの通常の着衣である。
写真では見にくいが、セーを着た上にネックウォーマーをかけ、ウォーキングの時は、さらにその上にウインドブレーカーを、室内にいる時は、さらにその上にダウンベストを着ている。

ウォーキングの時は、更に寒くなるともう少し厚手のものに変わったりするが、屋内にいる時の様子は、概ねここに示したものが標準の着衣になる。
ベストは肩から腕が自由に動き都合がよい。以前はフリースのベストを着ていたが、3年前か息子がダウンのベストをプレゼントしてくれ、以後はこちらに代わっている。暖かく、しかも軽いのが誠に良い。


これから3月までいよいよ冬ごもりである。
冬も考えようによっては悪くない。
諸般考えながら、長い冬を乗り切って行きたい。



2025年12月3日(水)
初雪
今日は月2回開催されるサロン田屋の日。11時過ぎから参加した。
いつも通り昼食をいただき、運動などをして帰ってきた。

今日の昼食は、素揚げした野菜をトッピングしたちょっとおしゃれなカレーほか。それをいただいてしばらく休憩していた頃、雪が降り始めた。


今年の初雪である。
数日前から、今日から寒くなり山沿いでは雪が降るかも、と報じられていたので驚きはしなかったが、それでも初雪である。
写真に収めようと、室内から撮影を試みたがうまく写らない。屋外に出て色のついた背景をバックにして降る雪を写真に収めた。

今回の雪は写真におさめた頃がピークで、その後は、時折り降るものの、驚くような事態は起らない。
夕方まで待っても積もるようなことはなかった。



話が横道に反れるが、今日「43年同期会」なるメールが昨夕付けで入っていた。昭和43年に三井金属に入社した同期生の会で、その幹事の一人から発信されたものである。
内容は同期会の発起人の一人であるS氏が亡くなったという内容。

同期会発足の経緯を小欄にのせていた。 こちら→(2016/4/26)
この記事に登場するS氏が今回亡くなった人と同一人物。
その後同期会運営に尽力された。
自分とは勤務分野が異なったため近しい付き合いはしてこなかったが、ご冥福を祈る旨の返信メールを、同期会宛てに打とうと思っている。

同年代の人がなくなってゆく。

坂本龍一氏の著作「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」と同じ意味で、S氏訃報のメールに接し、私も「あと何回、初雪を見るだろう」と思ったわけであった。



2025年12月2日(火) ラベル1202
「秋じまい」 全て完了
最後の「秋じまい」になる草焼きをした。場所は「雑木下」。

草刈は10月5日に実施しているが、さほど草の量が多くなく、景観を悪くする度合いが少ないため草焼きはついつい後回しになっていたものである。


今年の「秋じまい」の方法は、目の怪我の影響があって例年とは少し異なる考えでことを進めてきた。

例年は母屋から遠い場所から草刈りを始め、草が枯れると焼きの作業を行うという、単純なルールのもとで作業を行ってきたのだが、今年は、全ての作業を終えることができないかもと危惧され、この場所は外してはならないという優先場所を定め、そこから作業をしてきたわけである。
もし作業のできない場所があれば、それはそれで仕方がないという思いであった。


話が少し横道にそれたが、そんな思いで「秋じまい」の作業を進めてきた性もあり、10月5日に草刈りをした古い草を今頃になって焼くという事態が起きたわけである。

今回の作業、実は昨日から始めた。


始めたのは午後。寒くはない。
一時間ばかりかけて集め終えた。
次は焼く作業である。燃す場所まで集めた草を運び、着火するのであるが、この段階に来て躊躇をした。
思いのほか風が強いのである。
夏場ならまだしも、周辺の草は枯れ始めている。ここで着けた火が飛び火して火事になる恐れもないわけではない。
スマホを出して翌日の天気を確認すると晴れマークである。着火するのを中止して、翌日に伸ばしたのであった。

そんな経緯をへて今日である。今日も穏やかな良い天気。幸い風もない。
昨日の続きの作業を行った。

集め終わった草を運んで焼くだけ。草はよく乾燥しており容易に燃えそう。火点は一つあれば充分と判断した。

運ぶ距離は少々長いが、よく燃えるので造作はない。ゆっくり、のんびり、休み休み草焼きを楽しんだ。

要した時間は1時間弱であった。


里庭の周辺部で、例年ならもう少し草刈りをする場所が残ってはいるが、今年はそれらの場所の草を刈るつもりはない。
今回の作業を持って、今年の「秋じまい」の作業は全て終了とするつもりである。

今年の7月怪我をした際は、1ヶ月の安静期間があったりなどして、今年の「秋じまい」はほとんどできないだろうと案じた時期もあったのだが、幸いにして、不自由さは感じつつではあったが、こうして何とか「秋じまい」を全て終了することができ、大いに安堵をしているところである。



2025年12月1日(月)
テレビ体操も冬バージョン
私はほぼ毎日ラジオ(テレビ)体操を実行してる。

朝NHKで、 6時25分から10分間放送される番組を、録画をかけておいて、それを見ながら行う。
上書きする方式で録画をかけているので、毎日新しい画面となる。1週間がセットになっていて、2ヶ月間同じセットが繰り返される(逆に言えば、2ヶ月経った時点で一気にセットが変わる)。

番組のタイトルバックや、体操の場面の背景には、その時期の四季にふさわしい背景が用意され、セット替えの時にはこれらの背景なども一気に変わる。
変わるのは月が替わった1日である。

今日は12月1日。番組のセットが変わる節目の日であった。
11月までは秋バージョンで、紅葉の背景画であったのが、今日からは一気に冬バージョン。雪が積もった格好の背景画となった。


また気分を新たにして、番組を見ながらラジオ体操を続けていこうと、気を引き締めたところである。


話が少しずれるが、先日訳あって、新聞の切り抜きを保管しているパソコンファイルを調べることがあった。
その中にラジオ体操の効用を説明する記事を保管していて、今回そのことを思い出し、ついでに、掲載してみる。


2019年1月に切り抜いた記事。ラジオ体操を3年以上続けると、実年齢より20歳若くなるというから、その効用は絶大である。
健康寿命を延ばすため、今後も真面目に続けていこうと思い直したところである。